東急田園都市線
ギャラリー
8500系
田園都市線の大半を占める8500系は、1976年にローレル賞を受賞しました。
2000系
2000系はたった3編成の少数派です。東武直通対応では無いので、活躍の場は狭いです。。
5000系
東急標準車両になっていく5000系には、6扉車を組み込まれた編成もあります。
8590系
東横線から移ってきた8590系は2編成のみです。今後大井町線に転属するかも・・・?
過去の写真
現在では他社に譲渡された車両の、田園都市線での活躍していた頃の写真等があります。
オマケ写真
東急同士や、東京メトロ車両・東武車両との並びの写真等があります。
田園都市線の解説
東急田園都市線は、渋谷と中央林間を結ぶ東急主要路線の一つです。渋谷から半蔵門線と相互直通運転を行っています。
また、半蔵門線を介して東武線の南栗橋・久喜までの直通運転も行います。
各停、準急(2007年4月登場)、急行が運行され、全列車20M車・10両編成で運行されています。
また、早朝・深夜に鷺沼発着の大井町線直通列車、土休日に中央林間発着の大井町線直通列車が5両編成で運行されています。
田園都市線の歴史は少し複雑です。現在の田園都市線の区間のうち、最初に開業したのは現在の二子玉川〜溝の口間でした。
玉電の一部として、1927年(昭和2年)7月に開業しました。二子玉川〜二子新地(当時の名称は玉川〜二子)は併用軌道でした。
二子玉川〜溝の口間の距離が比較的短いのは、玉電の一部だったからなのかもしれませんね。
1943年7月に二子玉川〜溝の口間の軌間が1372mmから1067mmに変更され、大井町線の一部となりました。
大井町〜溝の口は大井町線という名称でしたが、1963年10月に大井町線から田園都市線という名称に変わりました。
1966年4月に、二子玉川園〜二子新地前間が鉄道専用橋になり、溝の口〜長津田間が開業しました。
これにより、田園都市線は大井町〜長津田間での運転になりました。
1968年4月に、長津田〜つくし野間が開業、4年後の1972年4月につくし野〜すずかけ台間が開業しました。
さらに4年後の1976年10月にすずかけ台〜つきみ野間が開業し、長津田〜すずかけ台間の複線化で全線複線化が完了しました。
1977年4月に新玉川線が開業し、東急初の地下鉄として渋谷〜二子玉川園間での運転を開始しました。
1978年8月に営団半蔵門線が渋谷〜青山一丁目間で開業し、田園都市線の長津田まで直通運転を開始しました。
1979年8月に運転系統の変更が行われ、大井町〜二子玉川園間を大井町線とし、渋谷〜二子玉川園〜つきみ野の区間にて
田園都市線と新玉川線の直通運転を行うようになりました。
1984年4月につきみ野〜中央林間間が開業し、田園都市線は全通となりました。
2000年8月に新玉川線の名称を田園都市線と統一し、渋谷〜中央林間間を田園都市線としました。
田園都市線の優等列車は快速から始まりました。1968年10月に、つくし野〜大井町間で快速運転が開始されましたが、
名称は「通勤快速」としながらも、表記は快速でした。運行は朝ラッシュの上りのみでした。
1977年11月に田園都市線〜新玉川線の快速運転が長津田〜渋谷間で開始されました。なお、運行は日中のみでした。
大井町行きの通勤快速は1979年8月に消滅し、田園都市線〜新玉川線の快速も1996年4月に消滅しました。
快速の次に登場したのが急行でした。1983年1月に平日のラッシュ時のみ運行が開始されました。
平日ラッシュ時は急行、日中は快速というダイヤが続きましたが、1996年4月に快速が消滅し、優等は全て急行となりました。
この時、それまでの優等(通勤快速は除く)は全て長津田発着でしたが、日中の急行を中央林間発着としました。
2007年4月からは、平日の上りの朝ラッシュ時に、新たに準急の運行が開始される予定です。
1978年8月より、営団半蔵門線との相互直通運転が開始されましたが、2003年3月より、半蔵門線を介して東武線の南栗橋までの
直通運転を開始しました。また、2006年3月より、東武線の南栗橋の他、久喜までの直通運転も開始しました。
今後は大井町線が溝の口まで、田園都市線の複々線という形で延伸する予定です。
また、平日ラッシュ時(特に朝)の混雑はかなり酷い物であり、対策を色々な角度から取り入れていく必要があります。
2006/09/15 作成
2007/03/30 更新